2014年1月26日日曜日

Wkorea▲カン ゲリ

 
 
手にいれたい男    カン ゲリ
Mr.untamed 
ゲリという男を本当に手にいれたいならば飼いなされない魂まで耐えなければならないのだ
 
 
 

「一度みんなで見ましょうか?」ゲリがスタジオに到着するやいなや、一番初めにしたことはインタビューでもヘアメイクでもなくスタッフみんなを呼び集めて自身のMacBookを広げたことだった。W最終締め切り日の異例ギリギりの最後の撮影はゲリのスケジュールに合わせて苦労しつかまえた。
それさえも日が昇ってから帰国した彼を日が沈むやいなやスタジオに呼び出した無理な日程だったが。デビュー16年ぶりに初めてのソロアルバムを発表する2日前。まだ公開されてなかったミュージックビデオを再生しなが彼は少し緊張して軽く浮き立ったそぶりだった。
「正直震えます。LeeSaang1集のときも思ったけど、そのときは若くて反抗する気持ちがあったんですよ、上手くいってもいかなくてもぶつかってみるものだって。ところが今は負担を感じます。今までうまくやってきたけど今度は一人でLeessangとはちがった色を見せなければならないから」
準備をするため数ヶ月かけたが、曲を世の中に出したら今は休めていると笑った。19禁判定を受けて放送活動ができないことに対する言葉だった。アルバム4曲の歌のすべての歌詞に書かれた悪口や性的な表現の水準が高い理由は自分自身を検閲したりブレーキをかけないで素直に吐き出して作業したかったためだと言う。やさしくて穏やかな芸能キャラクターのなかにミュージシャンとしての自分を閉じ込めておきたくないとする試みだった。
「ランニングマンで笑うばかりでバカだったおじさんが見慣れなくなるかもしれません。Leessangの落ち着いてる歌詞が好きだったひとはチャラいと嫌がることもあるかも。だけど、そのような枠組みを自ら壊してこそ前に進むことができそうでした」


▷判定を受けて地上波放送で流せないのが惜しいのではないか?すでに作っておいた音楽を広く知らしめたい気持ちがあるはずなのに
何より作業過程を気楽にしたかった。以前は歌詞を書いてて強い表現や悪口がはいれば自分でブレーキをかけて取り除く方だった。でも 今回のソロアルバムだけはしたいようにするのが正しいと思って審議を念頭に置かず書きたいように書いた。バラエティーに出演してるから他のヒップホップミュージシャンに比べたら知られてる方だ。そのような立場でラップの歌詞まで簡単に解いていって柔らかく表現すれば何の色もないようだった。私がしてきた感性、そして したい感じをよく伝えるために風変わりな音楽を作るプロを迎えて一緒に作業した。

▷ゲリが作詞、キルが作曲してLeessangの音楽の性格が作られた。ソロ作業ではどんな作曲家たちと手を組んだ?
タイトル曲<졷또물라(ZOTTO MOLA)>、そして<술 취한 밤의 노래(酒に酔った夜の唄)>2曲はSimoとGizmoというミュージシャン2人と一緒に作業した。サウンドの色がはっきりした音楽をする友人だ。Facebookで音楽をしてる人たちにはあまり友達申請をしない方だが、一緒に作業したいと私が先にメッセージを残した。Grayという友人は<조금 이따 샤워해(ちょっと後でシャワーして)>という曲を作ってくれた。最近若いヒップホップファンたちの間で話題のプロデューサーでCrushという友人がその曲に良いメロディーラインをのせた。デビューして16年めで年齢も重ねて感性が退化しないようにするには、こうゆう若くて才能のある友人たちと作業する必要があると思った

▷残りの曲が1曲ある <Mr Gae>という歌だが
しばらく流行したDubstep、Trapのようなエレクトロニックサウンドが加味された曲でAstro Bitsという実力作曲家が書いた。初めて聞いてとても気にいってすぐにガイドボーカルを録音して最近のスタイルに影響を与えた。その曲がよく出来て新しいスタイルを一つ得たようで胸がいっぱいだ

▷デビュー16年ぶりのソロ、出すときになったのかと思う一方で なぜまだ出してなかったのかという思いもする
Leessangはチームワークが良くて、そのなかで音楽をするのは安定している。7集<TV를 껐네(TVを消したね)>が幸いにたくさん愛されたし、初めてのLeessang単独公演も上手くいった。バンドの演奏公式を発展させたくてした8集<Unplugged>も成功的だった...しかし私が音楽を長くするには、そのなかに安住してはいけないようだった。一度もしてみなかった試みをして新しいきっかけを作ってみようと思った。ソロという作業で他の色を押しつけてみるのがその突破口になりそうだった。

▷過程や結果は満足?
容易ではなかった。<술 취한 밤의 노래>のような場合、編曲も3、4回直して歌詞も数ヶ月かかった。イントロ、歌の部分、ラップの部分の感性が全部ちがって整理して書くが大変だった。後にフィーチャリングしたジョンインが本当に素晴らしく歌って感じがよく出てるが。本人のアルバムでバラードも上手なジョンインだけど、この歌ではもう少しLeessang1集<Rush>時のようなあいまいで楽しい感じのボーカルをお願いした。考えずにキチガイ女のように歌ってほしいと

▷そんな乱暴な言葉でディレクションするの(笑)?ジョンインやフィーチャリングした他の歌手、例えばイ ジョクのような場合には何か注文するのか気になる
私たちは主にそのようにする。ジョク兄さんはもちろん音楽的な理論が豊かな人なので別の表現ですることもあるだろう。私は感性的に接する人だ。歌のテクニックやスキルよりはどのような感情かがより重要である。録音がとても早く終わったしジョンイン本人も満足してた

▷Leessangと違う音楽的色をみせるという目標は成功した?
ソロでしながら一番ろ過せずに入れたかったのは私の日常で感じたことなどだった。Leessangのときはそれなりの人生に対するまじめな話をした。そうするうちにソロ曲で"술에 취해 개돼 떡돼"こんなラップをするのが誰かには眉をひそめられる変化かもしれない。でも、一度は気にせず自由に表現してみたかった。愛の歌も前はここまで濃くしなかったようだ。<조금 이따 샤워해>のような曲に比べれば<TV를 껐네>はかわいいレベルで考慮されるほどだから。サウンド的にも90年代ヒップホップが最高ですべてだったから、そのような面の変化も試みてみたかった。最近流行の音楽を探して聴いて、クラブで最近の若者たちがどんな音楽を聞いて遊ぶのかも見て、いろいろな試みをしてみたらそれぞれ違った感じの4曲が出来た。新しい服を着て最初のボタンをかけられたようだ。

▷しきりに"若い友人"のような表現を使うが、あなたもまだ十分若い年齢ではないか?
私はもう40近い人間だ。2年前にロックフェスティバルというものに初めて行ってみた。若い友人と混じって3日間ずっと公演見て、酒飲んで、つりあって通った。幼い青春が遊ぶ光景を見たら、驚くべきものだった。私も若く生きてると自負するが、そのときパッと感じたことがある。今の世代は沸き上がりたくて解放されたがる何かが内面に大きい と...単純に歌を聞いて鑑賞するばかりでなく、若者たちがそのなかに入って遊べるような音楽をしなければという思いがした。それで変化を試みたのがエレキサウンドを使った<Mr Gae>のような歌だ

▷ロックフェスティバルに行ったのはどんなミュージシャンの公演を見たくて?
そのときレディオヘッドがヘッドライナーだったけど、実際はDeulgukhwaの公演を見に行ったのだ。Leessang1集の歌詞を書くとき最も深く影響と多くのインスピレーションを受けた音楽がDeulgukhwaの歌だ。そのとき若くてよくわからなかった当時の私の心に<행진(行進)>や<그것만이 내 세상(それだけが私の世界)>のような歌詞が大きな慰めになった。私がDeulgukhwaの音楽を聞いて勇気とエネルギーをもらったように、誰か一人にでも共感を与え 力を与える歌詞を書かなければと思った

▷DeulgukhwaとLeessangなんてスタイルは全く異なる音楽なのに感情的には通じる感じもする
デビューする頃からたくさん悩んだ。ヒップホップシーンにはラップが上手なヒョンが本当に多くて、それぞれ色もはっきりしてたため私は何をすべきなのか。そのときDrunken Tigerを見たら、どれだけかっこよかったかわからない。背も高くて本当にアメリカンスタイルでかっこよさが溢れてるのだ。"ああいうことをしてみなければ私たちはダメだ"というなかでたくさん挫折した。そうするうちに探した答えが韓国音楽だった。小学生のとき兄が好きだったので漠然と聞いてDeulgukhwa、キム ヒョンシク、春夏秋冬、私がくだらないときに慰めてくれたその音楽のなかに答えがあった。言ってみれば隙間市場を見つけたのだ。

▷他の見方をすればヒップホップは共感して慰めるよりは攻撃して上にたつジャンルではないのか?"俺が一番イケてる"という虚勢と強い素振りも許される
それが一番むずかしいようだ。自分の自慢が基礎をなすが実際に本格的に自慢するには私たちの情緒上どこか楽ではない。黒人ヒップホップミュージシャンがたくさんする金のネックレス、派手な時計、こういうのは私とは合わない服なのでしたくなかった。同様に"飛行機に乗って女たちと島に行って遊ぶよ お前は財布持たず出てきていいから"このような歌詞が素敵でも私の話になることはない。何百億ずつ稼いで本当にそうゆうふうに生きるスターもいるだろうけど。最近の若い友人はそのような"쎈   척"も歌詞でおもしろく使うようだが私はわからない

▷また"若い友人"と言う。年が変わってから間もないが年齢に対する考えが多くなったのか?
昨年ぐらいからやることがすべて上手くいことにも心配がはいってきた。今後10年はどうなるかという考え...今は大丈夫だけどいつかは人々が飽きるんじゃないだろうか、ヒットする音楽も減って自尊心が傷つけられることにならないだろうか...そんな無駄な考えに恐れたりもした。今 新しくならなければ今後の10年がどうなるかもしれなくて若い感性を探して感じようと意識的に努めた。ずっと泊ってると噂になるほどクラブにたびたび行って、そこに行っては誰かが写真を撮っても神経使わないで遊んで,音楽をする友人に会って話してぶつかって過ごした。

▷若い友達に付きあうには酒をたくさん奢らなければならない(笑)
たくさん奢ったし、それと共にたくさん増えることもした。もともと焼酎3杯飲めばのびるスタイルだったのに2本まで酒量が増えた

▹ミュージシャンなのにクラブにたびたび通うという噂を心配しなくちゃいけないのは芸能人としての不便さのようだ
芸能を始めて2年経って胸にもどかしさが積もった。韓国は芸能人のイメージに対して模範的なのが好きだから。みんなよく出来たひとになることはないのに。私が悪く生きてきた人でなくてもどこに行っても笑って謙虚でなければならないということに負担があった。もちろんユ ジェソク兄さんのような方は見えるその姿が本当に真実の人だが、私はそのように暮らせない。そのように暮らせば音楽をできないようだ。誰かに嫌がられる行動だけしなかったら性質もちょっと出して酒飲んで転がってもみて女と付きあって戦ってもみて...そのような経験が多くてこそ音楽が出てくることができる。
今回とても正直にソロアルバムを作った理由もそういうのをちょっと解放したいからだ。誰かはランニングマンで笑うばかりでバカなおじさんが何こういうことしたか?と失望することもあって誰かは嫌がるかもしれないが、そのような枠組みを自ら壊さなければ今後音楽をするのが大変なようだった。もちろん芸能で見せてる私の姿が偽りなわけではないが音楽だけでみせることができる自由というものがある。人々がどんなものを私に望むのか、たびたび気を遣うことになるがそうしたことを壊してこそ前に進むことができる時期であるようだ

▷芸能番組があたえるストレスがあるようだ
夜に曲を書きながらも明日収録があれば流れをとめて寝なければならないから、まるで会社員のように。ランニングマンが最初で最後の芸能だと考えてこの一つだけ責任をもってしようと思う。音楽までできなくなれば人生がとても虚しいはずだ。お金や他のあらゆるものが去ってもそれが一番重要だ。幸せが何かということを悩んだとき、いくら儲けても大衆とおもしろく遊ぶことができる音楽が出てこなければ私にはそれが大きな不幸だ

▷Twitterで"100億ほど稼げれば若い人たちが自由に遊ぶことができる空間を作りたい"と書いてたのを覚えている
韓国は土地が高すぎるけど、お金をたくさん儲ければ工場のようなところにボックスを作っておいて音楽をするフリーな空間を開きたい。人々が自分をちょっと解放させることができる空間が必要だ。みんな互いに顔色をうかがいながら生きるが芸能人も同じで...私は悪口をちょっと言われても流して生きながら、これが自分だから言われることも受け入れようとする。歌詞も音楽も生きるということもそのように自分らしいのが良い。このようなことが大きな解放であるようだ。嫌がる人は仕方ないのでイメージ管理しながら暮せば死ぬときまで、そうやって生きなければならないのだ。法に外れることはしない範囲内で週末にはちょっと乱れてみてはどうなのか、それでこそまた月火水木金をまともに生きていくことができることで。人々が垣根をまったく移ることができなくしておけば世の中が大変になる。【Zorba the Greek(邦題:その男 ゾルバ)】に"人には若干の狂気が必要だ。そうでなければ網を切って自由になることができない"という言葉が出てくるのに深く共感した

▷【Zorba the Greek】の本を読んだのか?
映画で見た。映画を通じて何か学び得ようとするほうだ。ある間は本を1日に何時間ずつ勉強するように読んだが、幼いとき勉強をしなかったせいかしばし眠りがきて...(笑)映画は2時間没頭して見ればいいから良い。時間つぶす方法がなく外にでて金を使うのも嫌なとき近所のビデオ店でビデオ3本ずつ借りて見た。賞をもらった映画中心に見てメモもしておいてたびたびそうした

▷最近ではどんな映画が記憶に残ってる?
モディリアーニ、ジャクソン・ポロック、バスキアのような芸術家の人生を扱った映画をたくさん見つけた。それと共に心をたくさん開くことができたようだ。もちろん劇をおもしろくするために誇張してるだろうけどアーティストはみんな酒と女が近くにいたよ(笑)ミュージシャンの人生を扱ったドキュメンタリーである【Searching for SugerMan(邦題:シュガーマン 奇跡に愛された男)】も感動的に見た。公演場面では涙が出た。地球上のどこかで音楽だけで途方もない愛を受けた主人公がお金もたくさん儲けて派手な人生を成し遂げることができたが誰にも知られない素朴な人生に戻るというのがすごかった。その幸せを一度経験した以上、私は大変そうだけど

▷10年後、それ以上音楽を長くするということに対して何度も言及した。今後の人生はどのように描いてみているのか?
50代ぐらいに自由に生きながらその時代状況に合う音楽もして過ごす姿ならいいだろう。20代半ばに1年ほどひどく苦労した。今回 香港に行って300万ウォンの服を買ったが喜びと悲しみが交差した。以前の一年の生活費より高い服を買ったことが。でも、そのとき苦労したので10年は私はよく持ちこたえることができたようだ。また 今1、2年を熱心にしておいてこそ40代の人生をエネルギッシュに暮らせるのだ。周りの40代のヒョンたちを見ると音楽に対する情熱が胸中にありながらも引きだすことができない場合が多い。事業やゴルフ、金を稼ぐ楽しみにたくさん暮らす。私はお金よりは若い人たちと若い音楽に接しながらそのように暮らしたい。69年生まれのチェ イジや私と同い年であるカニエ・ウェストが依然としてヒップホップシーンを導くように。子供たちが挨拶しないと怒るのではなく一緒にタバコを吸って楽しんで共同作業しながら生きてこそ考えが老いないで今後の人生がおもしろいようだ。お金はたくさん稼げればいいが、そこに人生の幸せはありはしない。幸せはおもしろい何かをしていくところにあるだろう

▷20代に苦労して金を稼いでるからできる話ではないのか?
そのときの経験のおかげなのか人生の困難が大きく恐ろしいことはない。心配にならなくはないが努力は裏切らないというのを知っているので。チョ ヨンピルの口からバウンスという歌詞が出てくるのを聞いて感じられる戦慄はその人が過ごした歳月のおかげだ。エミネムも薬にハマって途方もなく大変な時期を経たが、結局 中毒まで勝ち抜いて再び最高に戻った。試練と苦難は誰でも経ることで、自分の内面に強い力があるならばそれを成熟のチャンスにするのも可能だ。失敗がない人生ではなく、屈曲多いが再起する人生がより素晴らしい。人生は長いから




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